人を感動させられる仕事が少ないから花火師になってみた
3年前くらいから宣言していた一つの目標「打ち上げ花火師」
……ついに、なりました!
人を感動させられる仕事に興味が湧いて、たどり着いた花火師という選択肢。
今回は改めて「人を感動させられる仕事とは」について考えてみました。
人を感動させられる仕事とは
1.人を感動させられる仕事はほぼ存在しない
人を感動させられる仕事をしている人って世の中にどれだけいるんだろう?と、ふと思ったときがありまして色々考えてみたことがあります。
そしたら真剣に考えれば考えるほど、意外にも少ないんですよ。人を感動させられるお仕事って。
世の仕事を否定しているわけではないんですが、正直にそう思ったんです。人を喜ばせられる仕事はたくさんあるけど、人を感動させられる仕事は少ないなと。
そこから仕事を通して感動を生む仕事って何があるかな?と興味を持つようになりました。
2.自分の感動体験を振り返る
自分は一体どんな感動をしてきたか?それを一つ一つ振り返ってみたんです。
いくつか思い浮かびましたが、僕が人生で一番感動したのは間違いなく大学のテニスの部長を引退した日です。
僕の大学生活の話については割愛しますが、あの当時、僕のすべてだったと思います。
引退式当日、先輩・後輩・同級生、みんなの前で息ができないくらい涙しました。
これが僕の一番の感動体験。
3.感動に必要な2つの要素とは
本題に近づきます。
「感動」を言葉で完璧に表すことは無理に近いものだということは百も承知ですが、敢えて感動とは何なのかを考えてみました。
結論、感動が生まれるには以下の2つの要素が必ず必要です。
- 無意識な中で積み重ねてきた自分自身の行動・経験
- 無意識を意識する瞬間・キッカケ
意識とか無意識とかややこしい表現になっていますが、
「感動する」ってたぶん自分が意識しているうちは自分に酔ってるだけで本物の感動には至らなくて、意識してこなかった中でいつの間にか積み重ねてきたすべての事象が自分の大切な財産だったんだと気が付いた瞬間に生まれるものかなと思います。
4.仕事を通して感動が生みにくい理由
改めて「人を感動させられる仕事が少ない理由」ですが、
世の中の多くの仕事は「対価を受け取る代わりに価値を提供」しています。
自分でできないことをできる他人にお願いする、他人ができないことをできる自分がやってあげる、素敵な循環だと思います。ヤフー知恵袋でも話題にもなりましたが、これを繰り返すことで社会全体の富が増えていくのは間違いないです。
ですが、仕事をお願いする・されるという関係性を少し違う観点から見てみると「自分自身が行動・経験できるキッカケを他人に渡してしまっている」とも言い換えられます。
すなわち、仕事とは先程の感動要素「自分自身の行動・経験」を人から奪ってしまっているとも言えるということ。
対価を支払ってどれだけ価値を提供していただいたとしても、その価値の中に”自分自身の積み重ねてきた行動・経験”が薄れてしまっている以上、富は生まれても感動は生まれにくいのです。
世の中が便利になることと、感動を生むということは延長線上にありるように見えて、そもそもベクトルが違うのです。
5.「感動を生む仕事」のたった一つの条件とは
では仕事を通して人を感動させられることは不可能なのか。
答えは、No、です。
仕事を通して人に感動をもたらすことは可能です。
では、感動を生む仕事の条件とは?
それは「仕事がキッカケになること」です。
つまり先程の感動条件
- 無意識な中で積み重ねてきた自分自身の行動・経験
- 無意識を意識する瞬間・キッカケ
の後者「キッカケ」を生む仕事をするということ。
今後の未来のキッカケに〜というような不確定要素な「キッカケ」ではなく、一人一人が無意識なうちに積み重ねてきた過去の財産に気付ける「キッカケ」。これが唯一、感動を生める仕事です。
6.だから花火師になってみた
だから花火師になってみました。
過去の自分自身の感動体験を振り返った時、テニスの部長を引退したあの日のドカンと大きな感動とは違いましたが、幼いころから毎年毎年必ず夏場に感動しているイベントが僕のこれまでの人生にはありました。
それが「花火大会」だったんです。
僕なりの仮説の元、「感動」に近づく最適な手段は何かと考えて、とりあえず花火師になってみました。笑
つまり今やっとスタートライン。
さぁ、色んな人たちを感動させられる人生をこれから送っていこうかね!!
スタートアップ花火師をどうぞよろしくお願いします^^
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